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尾崎行雄・尾崎咢堂

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Masajyuro Shiokawa

尾崎咢堂(がくどう) = 尾崎行雄 ・ Gakudo Ozaki = Yukio Ozaki
平成18年9月3日、日曜日朝、元首相、中曽根康弘氏(87)はテレビで
尾崎行雄が日本の政界に残した偉大な業績について語っておられました。
平成18年9月17日、日曜日朝には、古来日本は共同体の国である。
今の政治と国家はバラバラである。今後は国としてのビジョンを明確に
創りあげなければならない。そのためには、まず教育制度を改革する必要
があるとも、語っておられました。

尾崎行雄(おざきゆきお) Yukio Ozaki 尾崎咢堂翁について

1858年、神奈川県に生まれる。慶応義塾、工学寮などで学び、
1877年以後、雑誌編集
1880年「新潟新聞」主筆に迎えられ、
1882年「郵便報知」論説寮員
1882年 立憲改進党創立に参加して政治生活にはいった。
1890年 第一回総選挙に三重県から立候補当選し、以後
1953年まで連続当選25回という長い衆議院議員生活を送る。
米国のWashington,D.C.アメリカ合衆国の首都ワシントンDCへ日本のさくら
(桜の木)3000本を寄贈した人として世界的に知られ、一貫して立憲君主
制のもとでの民主主義の実現を提唱、戦後は、国会の長老的存在として、
戦争否定、世界連邦建設の提唱などを行った。欧米社会や日本の人々か ら「憲政の神様」、「護憲の神様」、「議会政治の父」といわれた。
1954年 没。


尾崎行雄「世界人名辞典」教学研究社の記述によると、

1858年ー1954年
安政5年ー昭和29年
明治・大正・昭和時代の政治家。
号は咢堂。 神奈川県に生まれ、慶応義塾大学を中途で退学した。
のち大隈重信に認められて立憲改進党の創立に努力した。
1890年(明治23年) 第一回総選挙に当選してから
1952年(昭和27年)に落選するまで連続して衆議院議員を
つとめた。その間に、立憲改進党や立憲政友会、憲政会などに参加して、
普通選挙運動を広めるのにかつやくした。また、東京市長や文部大臣、
法務大臣にもなった。つねに議会政治の正しい発展のために努力し、
自由主義者として、戦争中も平和主義を持ち続けた。「憲政の神様
といわれ、米国のWashington,D.C.アメリカ合衆国の首都ワシントンDCへ 日本のさくら、(桜の木)を寄贈した人として 世界的に知られ、日本の憲政史上重要な人物であったが、老衰のため95才で死んだ。

教学研究社の編集部の記述
1968年1月(昭和43年1月)

この地球上に、私たち人類の歴史が始まって、既に6000年 以上の年月が流れています。その間、人類はその長い歴史を通 して、つねに自分たちをとりまく自然に働きかけ、それを開発 し、文化を生み出し、産業を発展させ、政治の仕組みを工夫して、 自分たちをとりまく社会をよりよくするための努力を続けてき ました。そして、その努力の積みかさねの上に、現在の私たち は生きているのです。ですから、私たちが、現在生きているこの 社会を理解するためには、人類の歴史を知らねばなりません。

この人類の歴史をささえてきた人々の大部分は、その時代、時代に に生きていた、名もないふつうの人だったのです。私たちは、この 名もない人々のことを決して忘れてはならないと思います。しかし、 それと同時に、個人として、ひとりの人間として、ふつうの人には およぶことのできない立派な業績を残し、歴史の発展に大きな役割 を果たした、すぐれた人が数多くあったことも、また忘れてはなら ない事実なのです。

これらのすぐれた人々のことを知り、努力のあとをかえりみること は、私たち、現在の社会をささえ、未来の歴史をつくり出そうとす るものにとって、大切な道しるべとなることでしょう。そこで、 小学生のみなさんのために、小・中学校の教科書に出てくる人々、 さらに現在活躍している人々から、およそ1000名の人物をとり あげ、そのおいたちやおもな業績をわかりやすく、簡単にまとめた のが、この「小学生人名辞典」です。さらにこの辞典は、小学校だ けでなく、中学校に進んでも、じゅうぶん利用できる内容を持って いますので、長い間みなさんの毎日の学習の友として、大いに役立 つことでしょう。


Yukio Ozaki  尾崎行雄 Search Results
- Man of Principle -

Searched on September 3, 2006

尾崎行雄 英国BBC(uk)で検索: 検索結果 search results for "Yukio Ozaki"
尾崎行雄 米国Google(usa)で検索: 検索結果 1-10 of about 147,000 for "Yukio Ozaki"
尾崎行雄 All Refer.comで検索: 検索結果 search results for "Yukio Ozaki"

Yukio Ozaki, 1858-1954, Japanese statesman, the outstanding liberal of modern Japan. A newspaper editor, he helped Okuma form the Kaishinto (Progressive party) in 1881. He was a member of the Seiyukai in 1900 and its leader in 1913; he later joined (1921) the Kenseikai. Ozaki was elected to every diet from 1890 to 1952. A severe critic of the oligarchs, he fought for universal manhood suffrage, opposed Japanese militarist policy in China and Manchuria, and after 1945 urged reconstruction of Japan on a democratic basis. He was jailed during both World Wars. His strong ties to the West were symbolized by his famed gift of cherry trees to Washington, D.C., and by his many trips abroad.
The Columbia Electronic Encyclopedia Copyright c 2003, Columbia University Press.


National Cherry Blossom Festival
The 2006 festival marks the 94th celebration of the original gift
of the 3,000 cherry trees from the city of Tokyo to the people of
Washington, DC in 1912.

NPS home: picture from
National Park Service,Thomas Jefferson Memorial
U.S. Department of the Interior

Pictures hereunder are from  DC Pages.com
Thomas Jefferson Memorial Thomas Jefferson Memorial
Washington Monument Mandarin Oriental Hotel

Washington Monument and Potomac River side
picture from Ozaki Yukio Memorial Foundation



私たち人間も自然界に
はぐくまれ抱かれて、
人生の花を咲かす。
Picture "Somei Yoshiono" cherry blossom from Garden of Life, Webird, 2006


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Yukio Ozaki
尾崎行雄
Gakudo Ozaki
尾崎咢堂
Copyright c 2002 George Eastman House, Rochester, NY

尾崎咢堂の言葉

民主教育について:『はきちがえた民主主義』
民主主義は個人の自由権利を尊重する。しかし、いかに個人の自由権利を尊重すれば とて、他人の自由権利をおかしてまで、個人の自由権利を主張していいはずはない。 真に自分の自由権利の尊さを自覚した人なら、他人の自由権利の尊さを思うべきだ。 もし、自分の自由権利を主張するために、他人の自由権利は踏みにじってもかまわぬ というようなことが許されるなら、民主主義社会の自由は全体として失われる。社会 が全体として自由を失えば、その社会の一員である個人の自由もまた、失われるのは 理の当然である。

近頃、民主主義をはきちがえて、自分の、または少数団体の欲望を満たすために、 他の多数の迷惑を顧みず、わがまま勝手を振る舞う心得違いのものがだいぶ増えた ようだ。こうゆう不心得ものに、正邪善悪の物差しを教え込むことが、民主教育教育 の一大使命である。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』118頁より。


民主教育について:『人間のつとめ』
たとえ自分の利益になっても、害になっても、とにかく正邪を判別する良心があれば、 自分の見聞した事実を公にして、世の誤りを正すことが人間のつとめである。

・・・利害損得のみに執着する日本人の封建思想を叩き直して、正邪善悪に基づいて 行動する人間をつくることが、民主教育の目的であり、教育者の使命である。

世界中から尊敬せられ、愛せられる日本人をつくるためには、まず教育家の魂から、 つくりなおしてかからねばならぬとすれば、前途道遠しの嘆なきを得ない。しかし、 日本人の心に根強くこびりついている利害損得本意の封建思想を叩き出して、 正邪善悪本意の真の民主主義精神をしっかり教え込むというような大事業は、 たとえどんな立派な教育家があったところで、とても少数の専門教育家が学校で 生徒を教えるくらいで成し遂げられるような、なまやさしい仕事ではない。 ・・・日本人全体が教師となり、同時に生徒になった気で、たがいに教え、教えられ つつして、向上していくより外はない。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』115頁より。


民主教育について:『愛国心より人類愛』
これまでの日本の教育は、国家と個人の関係における道徳の鼓吹に重きを置いて、 社会と個人との関係における道徳の鼓吹を怠った。国家に対するつとめは教えた が、社会に対するつとめはあまり教えなかった。その結果、共存・共助・共栄と いうような社会道徳が発達しなかったのであろう。私は国境を限界とする愛国心 で行き止まりになっている日本人の道徳観を、もう一歩進めて、国境を越えた 人類愛の境地にまで延ばしていくことが、これからの民主教育の在り方だと思う。

・・・私は民主主義の使命は、正義観念の強い国民と、寛容な国民性をつくりあ げることにあると思う。

「国家のため」という圧力に押しつぶされて、国家の悪を見逃してはいけない。 いやしくも、正義人道に反する方向に行きそうな場合は、国家にだろうが、親に だろうが、夫にだろうが、敢然反対して、これらを正道に戻すような人間をつく らねばならぬ。・・・そしてそういう人こそが世界中から尊敬せられ、愛せられ る人である。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』129頁より。


民主教育について:『自尊心』
・・・人間平等の思想こそが民主主義の基本精神だといわれる。

我が新憲法は、その14条に、全て国民は法の下に平等であることを保証している。 すなわち総理大臣だろうが、資本家だろうが、地主だろうが、我より上のものでもなく、 下のものでもない。法の目から見た、人間としての値打ちは全く平等である。この精神 がしっかりつかめさえすれば、誰でも、自分で自分を卑しんだり、自分で自分を軽んじ たりはしない。我こそ、自分自身の権利義務の主体であるという自尊心が、むくむくと 湧き上がって来るであろう。自尊心がある人は権力に屈しない。自尊心のある人は金銭 に迷わされない。自尊心があれば、投票も売らない、乞食もしない、闇もしない。批判 的精神のないことが、日本人に共通の欠点であるとは、敗戦後の日本を観察した外国人 の定評であるが、その原因は、日本人が自尊心に欠けていることにある。

今までは主権は天皇にありとせられたが、新憲法では主権は国民にありと宣言した。 国家の主権は分割することはできないから、主権在民といっても、国民の一人一人が 何千何万分の一の主権の切れ端を持っているというわけでは勿論ないが、国民すなわち お互いめいめいは、国家主権の一細胞であるという意味で、何人も平等な、尊厳なる 人間である。・・・自尊心があれば、上からの命令または指令に盲従はしない。必ず その命令なり指令なりを一応批判して、しかる後にそれに服従すべきか否かを決する に相違ない。権威を外に求めずして、我の内にある権威に目覚めよ。げに「神は全ての 人間を平等につくり給うた」のである。

民主主義の基本精神といわれる平等思想を鼓吹して、国民の自尊心を喚起することは、 民主教育の大きな役目であると思う。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』126頁より。


民主教育について:『公共の心』
日本人の公徳心は、残念ながら欧米に比べて甚だ低い。日本の家庭では、子供が庭の 草花を摘んだり、植木を折ったりすると手厳しく叱るが、公園その他の所で、共有の 草木に対して悪さをしても、見て見ぬ振りをする親が多い。西洋人はこれと反対で、 自庭でやったいたづらを叱らない親でも、子供が公園の草花を摘んだり、街路樹の枝 を折ったりすれば手厳しく叱るか、あるいはそんなことをしてはいけない理由を、 くどくど言い聞かせる。決して見て見ぬ振りはしない。
尾崎行雄『民主政治読本』(昭和21年)、『尾崎咢堂全集第十巻』128頁より。



「憲政の神様」、「護憲の神様」、「議会政治の父」といわれた
尾崎咢堂翁をしのぶ時、咢堂翁が残した功績とその「意識」は未来永劫 不滅である。現代に生きるわれわれは咢堂翁の意識を学んで、大自然 の摂理にかなった人間として生きるべき道を模索し、道理にかなった 人生を精進努力して過ごしたいものです。尾崎行雄を知るきっかけと なり、尾崎咢堂翁の意識と同体となれるように人として進歩向上浄化 して、国境を越えて、人類と地球生命圏の平和に貢献できる人々が数 多く誕生していくことを願ってやみません。
咢堂翁が残した功績とその「意識」に関して現実的に参考になる代表 的なものとして国会議事堂前庭に日本政府の「憲政記念館」が建設 されています。
この他、財団法人尾崎行雄記念財団と尾崎咢堂記念館が存在しています。


憲政記念館
http://www.shugiin.go.jp/itdb_annai.nsf/html/statics/kensei/kensei.htm?OpenDocument

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憲政記念館は、昭和45年にわが国が議会開設80年を迎えたのを記念して、 議会制民主主義についての一般の認識を深めることを目的として設立され、 昭和47年3月に開館しました。
この記念館のある高台は、室町時代に太田道灌が「わが庵は松原つづき 海ちかくふじの高根を軒端にぞ見る」とよんだ松原の一角に連なっていた 景勝の地で、江戸時代の初めには加藤清正が屋敷を建て、その後彦根藩の 上屋敷となり、幕末には大老井伊直弼もここに住んでいましたが、明治に なってからは参謀本部・陸軍省がおかれていました。
昭和27年にこの土地は衆議院の所管となり、 昭和35年には憲政の功労者である尾崎行雄を記念して、尾崎記念会館が建設されましたが、その後 これを吸収して現在の憲政記念館が完成しました。
憲政記念館は、国会の組織や運営などを資料や映像によってわかりやすく 紹介するとともに 憲政の歴史や憲政功労者に関係のある資料を 収集して常時展示するほか特別展・講演会などを催しています。


財団法人尾崎行雄記念財団
Ozaki Yukio Memorial Foundation
http://www.ozakiyukio.or.jp
1.尾崎行雄(咢堂)とは
2.年譜
3.咢堂言行録
4.咢堂ゆかりの地

5.咢堂塾

神奈川県津久井町又野
尾崎咢堂記念館
尾崎咢堂の生家跡
に建設された記念館。
三重県伊勢市川端町
尾崎咢堂記念館
伊勢市の尾崎邸跡
に建設された記念館

November 10, 2015
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